メディアでは今、「自民党の総裁選祭り」の大騒ぎと、「相撲界の問題」が報道されています。総裁選の方はおかげで自民党の政党支持率が上がっているそうです。あんな形で政権を投げ出した党の、本来だったら不必要な後処理選挙騒動キャンペーン(任期切れによる選挙ではないのですから)によく乗せられてしまうな、とこの国の有権者のレベルを疑ってしまいます。
相撲界の問題です。大麻問題は論外ですが、横綱朝青龍をはじめとした外国人力士の「品格」に関する問題です。この問題に私は以前より疑問を持っておりました。
井沢元彦著『逆説の日本史-戦国野望編―』では、シドニーオリンピックの柔道100キロ超級決勝、篠原、ドイエ戦を例にあげて、日本人と外国人の勝負に対する意識の決定的な違いを述べておられ、納得させられました。記憶に残っておられる方もいらっしゃると思いますが、ビデオ等から判断すると明らかな誤審だと一般的には言われています。しかし、篠原選手はコメントで誤審には一切ふれず「自分が弱いから負けた」と言ったのです。このことにこの国の国民は潔しと賞賛し感動までしたのです。また、明らかに負けを認識しているはずのドイエ選手に対して金メダルを譲ることさえ期待したのです。しかし、ドイエ選手は判定の正当性を主張するとともに、日本側の抗議に不快感を示し、「本人も『自分が弱いから負けた』といっているじゃないか」と発言したのです。
日本人独特の勝負結果に対する美学は、他民族の侵略を受けた歴史をほとんど持っていない結果だと思います。しいてあげれば、蒙古来襲と黒船来航、太平洋戦争?くらいなものです。もちろん日本にも戦乱はありましたが、同一民族内での為政者による権力争いなのです。負けたとしても一族郎党は滅ぼされることはあっても、その領国の民衆は戦乱の被害を受けることはあっても、皆殺しにされたり、奴隷として連れ去られることはありませんでした。だから城の造り方にも違いがあります。外国の城塞は民衆の区域も塀や堀で囲んでいます。為政者には多かれ少なかれ護民意識があります。その民衆にまで被害が及ぶとなれば徹底的にどんな手でも使おうとすると思いますが、一族郎党だけの滅亡であれば、後世に恥をさらさない美学の方が優先するのです。
このことは格闘スポーツである相撲にも共通するところがあるのではないでしょうか? その勝負に対する美学こそ、相撲界でいう「品格」の柱になっているものだと思います。だからその美学を多分理解できない外国人力士に「品格」を期待することはかなり不可能なことだと思います。もし「品格」を求めるのなら松浪元文部副大臣が言っているように鎖国するか、もっというと歌舞伎のように世襲制の伝統芸能にするか、「品格」は諦めてインターナショナルな格闘スポーツとするか、問題が起こるたびにあいまいな対応をするのではなく、そろそろ決める時期に来ていると私は思うのですが・・・・・・。
しかし、柔道やレスリング他の格闘スポーツは時に不可解な判定があったり、またそれを数値化したポイントがあったりしますが、少なくとも相撲は勝ち負けがはっきりしています。その意味では明快で魅力的な格闘スポーツだと思うのですが・・・・・・。
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